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福島家庭裁判所郡山支部 昭和43年(家)1470号 審判 1969年5月31日

申立人 吉岡幹子(仮名) 昭二七・四・六生

外二名

主文

申立人らの本件申立はいずれもこれを却下する。

理由

第一本件申立の要旨

申立人幹子は、昭和二七年四月六日、申立人一夫は、昭和二九年三月六日、申立人まさ子は、昭和三一年一一月一七日いずれも父二見治郎、母吉岡ミツ子間に出生した婚外子であるが、かねてから父母と同居していて、昭和四三年一一月八日には父に認知されるとともに、父母の協議に基づき父の親権に服することになつたので、申立人らの氏「吉岡」を父の氏である「二見」に変更することの許可を求める。

第二事実関係

本件記録中の二見治郎の戸籍謄本およびその附票写、吉岡ミツ子の戸籍謄本、二見アイの手紙、申立人まさ子の法定代理人親権者二見治郎の審問の結果に家庭裁判所調査官の調査報告書二通を併せると、つぎのとおりの事実が認められる。

(一)  申立人幹子は、昭和二七年四月六日、申立人一夫は、昭和二九年三月六日、申立人まさ子は、昭和三一年一一月一七日いずれも父二見治郎と母吉岡ミツ子との間に出生した婚外子であるが、昭和四三年一一月八日父に認知されるとともに、父母の協議に基づき父の親権に服することになつた。

(二)  申立人らの父治郎は、本妻アイと婚姻をして昭和一二年一二月一日その届出を了し、同人との間には昭和七年一月二四日長男雄一、昭和一〇年一月二〇日二男雄二、昭和一二年一一月二五日三男雄三、昭和一六年五月二〇日四男四郎、昭和一九年一〇月二日五男五郎、昭和二三年四月二七日六男六郎を儲けていたが、六男六郎の出生前の昭和二一、二年ころ申立人らの母ミツ子と知り合い同棲するようになり、同人との間に申立人らの出生に先立つ昭和二三年二月一二日良子(昭和二四年一月五日死亡)、昭和二四年五月二〇日昌子の二婚外子を儲けた。

(三)  治郎は、ミツ子と同棲を始めた当初は本妻アイらの許にも時折帰ることがあり、さらに前記昌子の出生後は一時ミツ子との関係を絶つて本妻アイと同棲していたこともあつたが、結局は再びミツ子の許に走り、爾後同人および同人との間に儲けた申立人を含む四名の婚外子と同居して同人らを扶養し、本妻アイおよび同人との間に儲けた六人の嫡出子に対しては夫ないし父としての義務を果たさず同人らを放置して顧りみなかつた。

(四)  こうして、アイらは、生活に著しく困窮し、アイは、過酷な労働と貧窮に耐えながら六人の嫡出子を養育し、辛じて義務教育を終了させてつぎつきと就職させていたところ、昭和三五年ころそれまではともかく近くに居住していた夫治郎がミツ子および前記婚外子を伴い郡山市に移住するに至つたので、当時労働により身体随所に故障がおきていたところから、これを機会に中学一年に在学中の六男六郎を伴い東京附近で就職していた子供達を頼つて上京した。そして、アイは、現在二男雄二の許に厄介になりながら肩身の狭い思いで暮している。

(五)  これに対し、治郎およびミツ子は、その間今日に至るまで正式の夫婦でも一〇年以上別居していれば自然と婚姻が解消するとの誤つた考えに支配されたまま同棲を続け、本妻アイとの間には協議離婚ないし嫡出子の扶養についての現状打開の手段を講ずることなく放置し、他方、アイは、夫治郎のこの仕打を恨み、申立人らがその父治郎の氏を称し同一戸籍に入ることを烈しく拒んでいる。

第三当裁判所の判断

(一)  民法第七九一条をみれば、婚外子の氏を父の氏に変更することが許されるための実体上の要件としては、一見婚外子と父との間の法律上の親子関係の存在のみが必要であつて、それ以外の要件は必要でないかのようでもある。

しかしながら、婚外子に父の氏を称することを許すことは、嫡出子と非嫡出子との差別を廃するものとして平等の理念に合致し、婚外子の利益にもなり好ましいことではあるが、他面、このように婚外子を優遇することは、一夫一婦制に支えられた婚姻家庭の秩序を紊すものとして法律婚主義の理念に反し、往々にして父の妻や父の嫡出子の利益を害することにもなりかねない。

そして、これら理念ないし関係当事者間の利害の矛盾ないし対立の解消はあるいは不可能なことであるかもしれないとしても、少なくとも両者間の調整をはかる程度のことは公序良俗上当然要請されることであり、このためにこそ婚外子の氏を父の氏に変更することについての許可が家庭裁判所の審判事項とされているものと考えられる。

そうとすれば、婚外子の氏を父の氏に変更することを許すか否か決定するに際しては、前記要件のほか、なお相対立する関係当事者間の利害の調整についても考慮を払う必要があり、もし婚外子の氏を父の氏に変更することにより正当婚姻家庭の存在を全然否定し去るような結果を招くに至るような場合には、氏の変更につき許可を与えることができないというべきであろう。

(二)  さて、そこでこれを本件についてみると、申立人らの父治郎は、本妻であるアイの側に特にとがめるべき特段の事情も認められないのに、申立人らの母ミツ子と深い関係を結ぶに至つたこともさることながらら、ミツ子の許に走つてからは同人および同人との間に儲けた申立人らの婚外子とのみ生活を共にしてこれを扶養しながら今日に至り、その間本妻アイおよび同人との間に儲けた嫡出子はこれを放てきして夫ないし父としての責務を全然果たさず、同人らにおいて長期間にわたり悲惨な生活に耐えながら自活の途を切り開いて行くにまかせたのみならず、アイとの関係においてはさらにそれ相当の償いをして婚姻の解消をはかる等の試みすらしていない。

そうとすれば、申立人らの氏を父の氏に変更することを許すにおいては婚外子の利益を慮るのあまり正当婚姻家庭の存在を全然否定し去るも同然の結果を招くとの誹りを免れないであろう。

(三)  以上の次第で、申立人らの本件申立は、結局理由がないことに帰するから、これを却下することにして主文のとおり審判する。

(家事審判官 小酒礼)

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